川中大輔(かわなか だいすけ)プロフィール

 一九八〇年、兵庫県生まれ。九八年からNPO法人BrainHumanityで野外教育や不登校児童支援の活動に取り組み始め、副理事長・事務局次長ほか歴任。情報誌『NPOマネジメント』を編集発行するIIHOE[人と組織と地球のための国際研究所]フェローを経て、現在はシチズンシップ共育企画代表・ファシリテーター、公益・非営
利支援センター東京コーディネーター、BrainHumanityリージョナル・パートナー

 

 「ウニ」のうまさをどう伝えるか?
 皆さんは「『ウニ』を食べたことがない人に、『ウニ』のうまさを伝えてください。」と言われると、どのように伝えるだろうか?
 ある講座で、一緒に講師をしていた青木将幸さん(青木将幸ファシリテーター事務所)からこの問いを投げかけられ、私も参加者も困った。あの何とも微妙な食感と味は、食べた者にしか分からないものだ。そのように私が答えたら、「その通り!ウニのうまさを伝えることは、食べてもらうしかない。同じように、ファシリテーターの価値を伝えるのも、参加型の場を体験してもらうしかない。」と青木さん。

 私は、多くの人から「なぜ『そんなに』ボランティア活動をするのですか?」とよく聞かれてきた。ボランティアの面白さを伝える言葉は多くあるし、そうした言葉を集めた本も多くある。しかしいくらそれを語ったところで、うまく伝えきれないし、伝わりきらない。ボランティアの面白さは、「ウニのうまさ」と同じように、「やってみないとわからない」ものだ。
 では、ウニを見て「何これ?」と思い、避けている人に対して、皆さんは「ウニのうまさ」をどのようにして知ってもらうだろう。「まずはちょっと食べてみて!」と「試食」を促すのではないか。ボランティア活動も同じだ。
 
 NPOはボランティアに最初から「長く深く」関わることを求める傾向がある。しかし、「まずは1日でもいいから、体験してみよう!」と試食の機会を設けることが、幅広い市民の参画につながる。
 そういえば、高級車には無頓着だった友人が、つい「試乗」をしてしまったために魅了され、貯金をゼロにしていた。「試乗機会のデザイン」がさぞかし行き届いていたのだろう。

■ファシリテーター:
参加型の学びや創造の場の進行役のこと。ワークショップ、研修、会議などで、参加者の持つ力や知恵を引き出し、場の相乗効果を創り出す。詳しくは、中野民夫『ファシリテーション革命』(岩波アクティブ新書、2003年)。
■参考文献:
神田昌典『口コミ伝染病』(フォレスト出版、2001年)本文とは直接関係ないが、「よい試食機会」のデザインや、「よい試食だ!」という「評判」を高めるための工夫について、同書は多くの示唆を与えてくれる。

 

 NPOで活動できる幸福

 

 ある程度、団体の規模が大きくなると、活動の中で「大切にしたい価値(考え方)」をメンバーとどのように共有していくか?という問いを、多くのリーダーが持つ。皆さんの現場では、どの程度のスタッフやボランティアが「ミッション」を正
しく語り、「望ましい活動への取り組み姿勢」を実践しているだろうか。
 こうした価値や考え方の「共有」を考える上で興味深い「絵本」を手にすることができた。東ハト編による『お菓子を仕事にできる幸福』(日経BP社、2004年)だ。この本は元々、東ハトが会社を再建するにあたり、社員に「意識の転換」を促すために配布したものだが、評判を呼び市販されることとなった 。

 この絵本を読むと、なぜ東ハト(社員)がお菓子をつくるのか?どういうマインドが仕事の現場では求められるのか?がごく自然に「納得」できる。納得するだけではない。メッセージと伝え方の「あたたかさ」によって、「意欲(やる気)」も刺激される。壁に掲げられる無味乾燥な「社訓」ではこのようにはいくまい。
 メンバーの様々な「思い」を束ね、そして元気づけ、チームへの参画を促すコミュニケーション。それは市民活動の現場で特に求められるものに他ならない。「求心力」を高めるメッセージと伝え方を生み出し、私たちは他の事例を参考に、メンバーや参画を期待する市民に届けていきたいものだ。 同書で、東ハトは「お菓子をつくる仕事は、日々、たくさんの幸福をうみだしている。」と断言している。さて、あなたの活動現場では、どの程度のメンバーがこのように断言できるだろうか。

【より深く学ぶ方の参考となる文献】

1.ハーヴェイ・セイフター+ピーター・エコノミー 『オルフェウスプロセス』(角川書店、2002年)
 指揮者がいないオルフェウス交響楽団の「誰もがリーダー」という状況が、なぜ実現するのかを多角的に検証し、コンパクトにまとめている。紹介される企業の事例も参考になる。

2.『NPOマネジメント』第21号「特集:業務と責任の定義がプロを育てる」(IIHOE、2002年)
 団体の「大切にしたい価値」に沿いながら、「自ら考え、判断し、動く」メンバーが育つ組織文化をどのようにして生み出すのかについて、具体的に提案している。

 

 仕事人から生活者へ立ち返る「ゆとり」を!
 昔であれば「モーレツからビューティフルへ」(富士ゼロックス社、1970年)、今であれば「スロー・イズ・ビューティフル」(辻信一、2001年)。この二つの言葉は、私たちの「暮らし」が経済成長のための忙しさの中で何かを失っている
のではないかと感じてしまっている問題意識をうまく捉えたものである。
 この共通した意識から生まれた二つの言葉の間には三一年もの間がある。それにも関わらず、「モーレツからビューティフルへ」という言葉を聞いた時、「スロー・イズ・ビューティフル」という言葉に負けず劣らず、身につまされる感じがする。もちろん、当時の受け取り方と今の受け取り方では意味が異なるが、しかしこのことは、私たちが相変わらず「モーレツ」に近い状態であることを示していることに間違いなかろう。

 仕事を休んだり、減らしたり、時には遊んだりすることが、怠惰で良くないことであるように思われることは、皆さんの職場にあって、少なくないのではないだろうか。仕事を休むことは「恐縮すること」や「申し訳ないこと」という認識は、未だ健在なものであろう。
 こうした「休めない」ことは企業に限った話ではない。NPOにあっても同じだ。寧ろ、NPOの場合、不定休の傾向が強いため、結果「休み」が殆どないという状態が多い。企業の方には意外に思われるかもしれないが、NPOスタッフは「働き過ぎ」の場合が多い。

 生活者の視点で、小さな声に耳を傾けて、活動を展開するはずのNPOスタッフが、「生活者感覚(庶民感覚)」を忘れてしまってはいけないことは言うまでもない。しかし、実際には仕事に忙殺されてしまって、「生活者」ではなく「仕事人」となってしまうケースも少なくない。
 生活者の楽しみ/悲しみを知り、その気持ちを共にすることが活動の基盤にあってこそ、市民活動は「草の根」として「根づく」活動になるものだ。筆者は、区役所の嘱託スタッフをしていた頃、区内で催される数多くの町内会主催の夏祭りを見て回ったことがある。そうした場に顔を出し、地域の人々と話をする中で、統計データや報告書では知ることのない「まち/くらし/ひとの姿」と出会えたことを、今でも鮮明に覚えている。

 企業にお勤めの方であれ、NPOにお勤めの方であれ、どれだけの方が、平日昼間に自分が住む地域の「まち歩き」をされているだろうか。知識経営の視点で重要視されるMBWA(ManagementBy Walking Around)、つまり歩き回り経営を実践されている方でも、地域を歩き回ることは珍しいのではないだろうか。
 このような問いかけを行えば、「仕事に追われて、そうした時間など、私にはない。」と多くの人が思われるかもしれない。しかし、果たしてそれは「あったらいいなぁ?」と位置づけられるような「なくても良い時間」なのであろうか。実は「なくてはならない時間」ではなかろうか。「ゆとり」のなさが、地域/社会への関心やコミットメントを奪ってしまうことは、アレントなどの哲学者が既に指摘していることである。  子どもが学校や塾で勉強するだけでなく、地域や家庭で様々な体験をすべきだと言われ続け、「ゆとり」が叫ばれてきた。しかし、叫んでいた大人の側こそ、地域や家庭で様々な体験をし、様々なことを考える「ゆとり」の時間を必要としているのではないだろうか。

 もちろん、「ゆとり」は個人的努力のみで生み出されるものではないし、個人的努力で生み出す場合には相当の勇気が求められるものである。しかし、勇気を出して、何とか仕事の手を休め、生活者に立ち返る「ゆとり」の時間を持つことを(僭越ながらも)皆さんにお勧めしたい。そして、その「ゆとり」の時間を用いて、地域/社会に関心を寄せ、まちを練り歩いたり、地域の催事やボランティア活動に参加されたりすることをお勧めしたい。こうした生活変革を行っていくと、自分の住む地域/社会は「これまで」と一味も二味も違ったものとして眼前に現れるであろう。そうした変化の先にこそ、「ビューティフル・ライフ」がある。
 ちなみに、歴史学者のホイジンガは、遊ぶ行為に人間の本質を見出している。彼は人間をホモ・ルーデンス(遊戯人)と呼び、様々な人間の文化が遊びを通じて生まれたことを指摘している。個々人のみならず、社会全体の文化や生活を豊かにしていくためには、人が「ゆとり」の中で「遊ぶ」ことを忘れてはならないという指摘は興味深い。
 私たちは毎日、どれだけの「ゆとり」を持ち、「遊べて」いるだろうか。かくいう筆者もオフィスや各地の研修所での仕事の日々である。今夏は是非とも積極的に地域の夏祭りに出かけたい。「ぜいたくは敵だ」ではなく「ぜいたくは素敵だ」なのだから。


【参考文献】
●ハンナ・アレント『人間の条件』志水速雄訳、ちくま学芸文庫、1994年
●ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』高橋英夫訳、中公文庫、1973年
●辻信一『スロー・イズ・ビューティフル』平凡社、2001年

 

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