小野啓子(おのけいこ)プロフィール
 京都生まれ。日本とアメリカの大学・大学院で建築を学び、卒業後は東京と沖縄で都市計画の実務に携わる。1998年から3年半、子連れでオーストラリア・シドニー大学に留学、博士号を取得。2003年より沖縄大学法経学部助教授。2004年より沖縄県ボラセン運営委員。著書に『NPO教書:創発する市民のビジネス革命』(風土社、1995、共著)、訳書に『まちづくりゲーム:環境デザインワークショップ』(H.サノフ著、晶文社、1993)、作品に『壺屋やちむん通り景観設計』(那覇市都市景観賞、土木学会デザイン賞優秀賞)などがある。

 

 アメリカのNPOに学んだこと
 10年以上前のことですが、アメリカで低所得者向けの住宅供給や都市部の衰退地域の再生に携わるNPOを調査したことがあります。当時、日本にはまだNPO(特定非営利活動法人)法がなく、日本における近未来のNPOのあり方を具体的にイメージする手がかりとして、アメリカのNPOに学ぼうという主旨でした。全米で30以上の組織を訪問してインタビューをしましたが、税制や補助金などの細かい話は抜きにして、私が学んだのは次の5つです。

 第一は、行政がお膳立てをしてつくったNPOはあまりうまく行かない、ということです。アメリカは公営住宅供給をやめ、かわりにNPOが低所得者向け住宅をつくったり、管理運営する政策に転換していました。そこで、都市ごとにNPOを立ち上げ、地元の市民に運営させようとしたのですが、何となくしぼんでしまったり、継続しているところもあまり覇気がありません。NPOはあくまで市民ベースのボランタリーな組織であるところが特性であり、それを忘れるとうまく行かないということでしょう。ここで言う「ボランタリー」とは、ボランティア=無償奉仕ではなく、担い手が自らやろうとする動機に基づいているということです。

 第二は、どのNPOもたいへん個性的だということです。それぞれが地域性や組織ができた時の動機を反映していて、二つとして同じものがありません。「前例」や「マニュアル」とは関係なく、自分たちで考え、試行錯誤しながら必要なプロジェクトをやってきたからだと思います。たとえば、いくら低家賃とはいえ住民が失業していては家賃が払えませんから、職業訓練を行い、家具の製作販売や内装業を自ら行うことで雇用をつくり出すNPOもありました。

 第三は、現場主義です。地域に密着して事業を展開しているため、現場からニーズを日々吸い上げることができます。さらに、様々なNPOのニーズを吸い上げ、国の政策に働きかける活動を行っている全国組織にも話を聞きましたが、ひっきりなしに全国のNPOから電話が入り、情報を提供し、各地の現場を回り、研修を実施し、さらに具体的な施策提言を国に対して行い、実現していく姿勢には草の根の行動原理が貫かれていて、とても感銘を受けました。

 第四は、専門性です。NPOが必要なのは、その社会的使命を遂行するための知識やノウハウを蓄積した専門家組織だからだと思います。行政や大企業が持っていない、極めて専門性の高い情報を持っている。地域で活動するNPOであれば、その地域の現状に関するエキスパートです。不動産事業を自ら手がけるNPOがあってもよいでしょう。専門家組織としていかに質を高めるかが鍵だと思います。

 第五は、ビジョンとアイデアです。どれだけオリジナリティの高い、魅力的で効果的なプロジェクトを企画立案できるか。やる気と創造力と鋭い感性を持つ人材が組織の成功を左右するという点では、営利企業と変わりありません。最近は「社会的責任投資」という言葉が一般的になりつつありますが、アメリカでは営利企業として低所得者向け住宅供給などの社会性の高い事業をやって成功する例も出ています。市場原理を活用しているだけにNPOよりも持続可能性が高いという評価もあります。実際、NPOと企業の垣根はだんだん低くなっているように思われます。 

 日本ではとかくボランティア活動の側面が強調されがちなNPOですが、地域のニーズにきめ細かく応じて魅力的な事業を展開する専門家組織として成長してほしいと思います。

 

 市民によるコミュニティバス事業

 昨年末、ウワサの(?)「醍醐コミュニティバス」に乗ってきました。京都市伏見区醍醐地区を走るこのコミュニティバスは二〇〇四年の二月に運行を開始し、昨年、日本都市計画学会の計画設計賞を受賞しました。
 このバスが全国の注目を集めた理由は、行政の支援を受けない全国初の市民主体のバスサービスだからです。任意団体である「醍醐地域にコミュニティバスを走らせる市民の会」が運営しています。

 醍醐は一九六〇年代に住宅地開発が進んだ地区で、鉄道駅から遠く、幹線道路沿いに路線バスが走る程度の交通不便地区でした。また、高台まで住宅や団地があり、住民の高齢化が進む中、交通弱者が増えているという問題も抱えていました。そんな醍醐地区に一九九七年、市営地下鉄東西線が開通し、京都市中心部へのアクセスはたいへんよくなりました。しかし、同時に地区内を走る市バスの本数は削減されたため、住民の生活はかえって不便になってしまいました。
 困った住民たちは二〇〇一年に「市民の会」を立ち上げ、最初はバス路線の開設を求めて行政に要請や陳情を行ったそうです。その後、行政だけに頼らず自分たちでバスを走らせる方向に活動を転換、京都で環境問題に取り組むNPOや大学の研究者の協力を得て住民アンケート調査、百回以上の説明会を実施して運行計画を策定、路線バスの自由化にともないバス事業への参入を検していたタクシー会社に業務委託し、地域内をきめ細かく走る四路線の運行を二年半で実現しました。
 運賃は大人二百円、子ども百円。乗り放題の一日乗車券は割安の三百円で、たとえば買い物と病院を一度に済ませることができます。運賃収入は事業費の三分の二で、残りは沿線店舗や企業の協賛金、個人サポーターの年会費などでまかなわれています。また、地元の中心的な総合病院、駅前のショッピングセンター、世界文化遺産である醍醐寺の三者からは特別な協賛を受けています。

 醍醐寺は京都でも有数の桜の名所として知られ、春にはたくさんの観光客が訪れます。そうした観光客の利用もあり、利用者数は予想を上回っています。
 私が実際に乗ってみて特におもしろいと思ったのは、ジャンボタクシー(定員十四名)の車両を利用した三号線です。醍醐駅から次の石田駅を経て総合病院まで の二十数分の路線ですが、途中、中型バスも通らないような住宅地の道路をきめ細かく回っていきます。同じように道路が狭く入り組んでいて、公共交通サービスが限られている沖縄でも参考になる事例ではないでしょうか。
 このような地域のニーズにきめ細かく応じた魅力的な事業を可能にしたのは、「市民の会」が早い段階から専門家と連携し、さらに事業者も加わって具体的かつ実現可能なビジョンを共有し、進めていったことによるのでしょう。
 余談ですが、醍醐コミュニティバスはチョロQ(おもちゃのミニカー)にもなっていて、コレ クターアイテムとして引っ張りだこです。

  醍醐コミュニティバスホームページ
  http://www16.ocn.ne.jp/~daigobus/

 離島の給食:
 地域の食材を活かした食育野可能性

 昨年末、那覇から近い離島の学校給食について聞き取りをする機会がありました。座間味、渡嘉敷、粟国、渡名喜の4つの島の給食現場を訪ね、それぞれの現状や課題についてお話を伺い、さらに試食もさせていただくというオイシイ調査です。
 実際、「離島の給食はおいしい」とみなさん声を揃えて言われます。2・3年ごとに転勤される学校の先生は特に意識されるのかもしれません。その第一の理由は規模が小さいことによるのでしょう。百食から二百食というのは、那覇あたりのちょっとした食堂で一日に出るくらいの量です。だから、手作りの温かい食事(パンも各校で焼いている)を毎日ランチルームで食べることができ、子供たち一人一人の顔が見える給食となっています。離島に限ったことではありませんが、メニューも沖縄の食材や料理を積極的に取り入れ、とても工夫されています。

 ただひとつ、離島だからこその課題であり、テーマともなると思ったことがあります。それは食材がほとんど那覇から来るということです。台風などで船が欠航すると島内で食材を探すけれども普段はまとめて那覇の業者に発注するのが普通です。島内でもっと野菜を売りたいと思っている農家がいても、お互い情報の交流がなく、農家は送料を払って那覇に出荷、給食のための野菜はこれまた送料を払って那覇から買うという場合も見られます。
 ある島で、基盤整備された農地でニンジンに水をやっているおばあさんがいたので話しかけてみました。
「本島にいる子たちに送る。給食は買わんよ。検査が厳しい。」
 こんなに立派で灌漑設備も整った農地でつくった野菜をまったく換金しないのはもったいない気がします(離島の財政はいずこも危機的状況にあります)。一方、栄養士さんに聞いてみると特に検査が厳しいということはなく「島内の野菜はどうやって買えるのかわからない。情報がない」と言います。
 給食のための食材は大量に必要だという先入観もあります。でも、実際にはこの程度の食数ならニンジン で数本、冬瓜なら一個でも事足りるそうです。集落のあちこちに見られる庭先の小さな畑の野菜も十分活躍できそうです。

 おもしろかったのは、たまたまある島を視察に訪れていた南大東島の栄養士さんのお話でした。「必要は発明の母」と言いますが、絶海の孤島だけに、船が一ヶ月止まることもあり、普段から「島内産→県産→国産」の順で食材を探すようにしているそうです。野菜生産グループや朝市で島内の野菜の情報を仕入れたり、給食時に放送で「今日の野菜は○○さんのところのものです」と紹介すると情報が流れて「うちのも使ってほしい」と連絡が来たりするとか。漁協に行って大東産サワラを「こんなふうに切って」と絵を描いて見せて交渉し、切り身をたくさん冷凍しているので、多少船が止まっても困らない、と話していました。

 最近、「地産地消」という言葉をよく聞くようになりました。食育基本法もスタートし、食材の生産もトータルな食文化の一部であることを学ぶには、給食は絶好の機会だと思います。離 島だからわかりやすい、という利点もあります。少しでも地元にお金が落ちるように、 地元で育てられた野菜を給食に使う取り組み、さらにはそれを発展させて民宿や食堂でも地元 の野菜を活用する取り組みが実現することにより、安全、新鮮な地元産の食材を使った料理を楽しめる、地域の食材を活かした観光も可能になるのではないでしょうか。

 

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