山城紀子(やましろのりこ)プロフィール

 那覇市生まれ。一九七四年沖縄タイムス入社。学芸部・社会部記者、学芸部長などを経て編集委員兼論説委員。二〇〇四年八月退社。女性問題や福祉・医療・問題などを長年にわたって取材してきた。担当した主な連載記事は「社会の谷間にー赤ちゃん置き去りの背景」、「医療過誤訴訟の周辺」など。著書に『老いをみる』、『心病んでも』(以上ニライ社)、『人を不幸にしない医療』(岩波書店)、『あきらめないー全盲の教師・与座健作の挑戦』(風媒社)などがある。

 

 「個別のニーズを考える」
 アイアムアヒューマンビーイング(私は人間よ)


 国際社会というけれども、「老い」を通して考えてみる時、日本の福祉制度の枠内では、ここ沖縄に住んでいる外国人高齢者を到底支えきれない。そういう実態を取材をして記事を書いたのは七年ほど前のことである。外国人というだけで言葉の壁を連想するかもしれないが、問題はむしろ福祉ニーズにあった。取材したのは、当時沖縄本島中部のある地域で医療・福祉関係者にトラブルメーカーとして知られていたDさんであった。
 ドイツ人のその女性は、四十代に米軍基地内の学校の教師として赴任してきて、退職後も帰国せず、四十年余にわたって沖縄に住み続けた人である。結婚歴なし。子供もいない。長年、犬と一緒に暮らしていたようだ。 その彼女に支援が必要になったのは、八十歳を過ぎての骨折だった。それまではどこに行くにも自分で運転していたが、体が不自由になってからは、一人では自宅を離れることも難しい状況になったのである。近隣住民からの連絡で福祉の窓口につながって、在宅支援が開始されるようになった。ところが派遣されたヘルパーは、「遠慮」と「感謝」で応じてくれる沖縄のお年よりとはまるで違い、「主張」と「不満」を繰り返すDさんの態度に驚かされることになる。

 茶碗洗いや洗濯はいいから、本を読んで。動物保護の運動をしたいので、調べ物をしたいから那覇の図書館に連れて行って。手紙を書いて。手紙を読んで。家のペンキを塗り替えたい…。さらに決められた日の訪問を嫌い、「私が必要な時に来て」と。また、用件があると日曜日であろうと祝日であろうと援助を要求したという。
 彼女に関わった人たちは、正月休みでもおせち料理を運ぶなど、できるだけのことはやったものの、Dさんの満足にはほど遠かった。Dさんも「日本は経済大国というけれど、福祉のレベルはこんなに低いのか」と不満を膨らませるばかりで、ついに八五歳で母国のドイツに帰ってしまったのである。
 「アイ アム ア ヒューマンビーイング(私は人間よ)」というのがDさんの口癖だったようで、何人もの関係者がこの言葉を覚えていた。

 八年経った今、Dさんの福祉ニーズに思いを巡らせる時、共感する高齢者及び未来の高齢者は、確実に増えてきていることを実感する。
 人はパンのみでは生きられない。私の生きがい、私の(衣食住など)心地よさ、趣味…。年をとって心や体にハンディが生じても「海を見に行きたい」「部屋の模様替えをする」「〇〇のレッスンを始めるから送迎して」などと気軽に言えるならば、老いていくことも悪くない。たとえ他人の支援を受ける立場になったとしても、
である。 多様なニーズ、個別の老いの重要性が強調されるようになって久しい。しかし、私たちの考える「個別」や「多様性」は、日本の福祉文化の中では自己主張を「抑制」する装置とセットになっているのではないかということを考えさせられている。

 患者の安全の確保という大義名分で、老人医療や福祉の場で紐やミトン、固定ベルトでの車椅子への「抑制」(縛る)が行われてきた。最近になって、縛られる側の苦痛への気付きなどから抑制をしないケアに関心が集まり、廃止の動きが広まっている。
 しかし「縛り」は紐や用具だけとは限らない。わがままを言わないで下さいね。なにもできなくなったあなたの世話でみんな、大変なんですよ。こちらのルールに従ってくださいね。
 そういう社会の中にある高齢者へのメッセージには、「我慢を強いる」という目に見えない大きな縛りがあるように思える。「言ってはいけない」と思いこまされて、飲みこんできた、多くの不満や憤り、苦情などを聞きとっていくことから真の「ニーズ」が作られていくのだと思う。

 ボランティア雑感
 「〇〇のために」から「〇〇とともに」へ

 

 担当記者として福祉分野の記事を頻繁に書いていたおよそ二十年前、デスクに言われることの一つに、カタカナ用語が多すぎるということがあった。それはまた読者からの新聞に対する要望や苦情としてもよく聞くことでもあった。
 デイ・サービス、ヘルパー、ノーマライゼイション、ショートステイ、リハビリ…。確かに多い。しかしどれをとってみても、日本語で書くとフィット感がないのである。ショートステイなら「一時短期保護事業」という訳があったりしたが、どうにも情けない感じがして使いたくなかった。ノーマライゼイションも一つの日本語で言い表す言葉が見当たらす、読者にわかってもらうために、「障害者が、すべての人が持っている通常の生活を送る権利を可能な限り保障することを…」などと説明をつけているとあまりにも「長すぎる」文になってしまい、結局そのままノーマライゼーションとした。

 そういう時に、つくづく欧米との福祉の根付き方の違いを実感したものである。福祉を必要とする人たちのことを可愛そうだの貧しいだのととらえてきた日本の救貧的な福祉観では、言葉ひとつをとってみてもカタカナの福祉用語の本来の言葉の持つ意味を的確に日本語で表すのは難しい。
 ボランティアという言葉もそうである。辞典を引いてみると「篤志奉仕家。自分の意志によって自発的に身体障害者・老人・児童施設などで奉仕活動をする人」とある。日常の会話の中ではほとんど使用しない「篤志」という言葉は別にしても、「奉仕」という言葉はボランティアを表す言葉として広く定着している。では、誰が誰に奉仕をするというのか。そのことを考えさせられた取材場面があった。

 沖縄盲学校に勤務する全盲の英語教師・与座健作さんは、点訳ボランティアなどたくさんの人たちの支援を受けて受験勉強をし、初の点字受験で琉球大学に入学した人である。大学入学後ボランティアサークルに入部するのだが、入部の動機は「きっと障害者に関心がある人が集まっていると思ったし、一緒に活動しながら親しくなれればいいと思った」からであった。ボランティアの助けを受けた与座さんであればこそ、今度はボランティアをする立場の経験をと考えたのである。ところが与座さんの思惑は外れ、彼は活動以前にサークルにおける自身の居場所探しに悩むことになる。そのことについて与座さんは「今から考えると、私は活動の対象であったのだろうと思う」と振り返った。その言葉を聞いた時、私は私も含めて、ボランティアと言う言葉の理解に「ゆがみ」があることを感じた。奉仕という概念がそうだ。健常者が障害者に奉仕する。主語を入れてみると、問題の所在がハッキリする。「奉仕」では一方的な関係になってしまうばかりでなく、結果として障害者を排除することになってしまうのである。

 「〇〇のために」と刷りこまれたボランティア観だが、それだと独りよがりのものになってしまったり、相手との対等性を保つことも難しい。「〇〇とともに」という発想の転換が必要だろう。しかしそれを実践するためには、他者のためのではなく、「ボランティア活動に何を求めているのか」など、いの一番に自分自身とボランティア活動の関係性を考える必要があると思う。

 

 CAP大人ワークショップに参加して

 

 昨年末と今年初め、CAPワークショップに参加した。前回は那覇市内の小学校、二度目は、なは女性センターで開かれたもので、いずれも大人を対象にしていた。CAPについては、「子どもへの暴力防止」を頭文字にとった名称(Child Assault Prevention)であることや、子どもが暴力から自分を守るための教育プログラムであることなど、知識としては知っていたのだが、実際の活動については不案内だったので、以前からチャンスがあれば参加してみたいと思っていた。

 暴力ってなんでしょうか? 暴力の概念への問い掛けからワークが始まった。「身体を傷つけること」「遺棄する」「心を傷つける」「セクハラ」「誘拐」「無視」など、それぞれの頭に浮かんだ「暴力」が次々に挙げられていく中で、時々ハッとすることがあった。「そうなんだ。無視されることも暴力なのだ」ー心の中で、別の参加者が答えた言葉を反すうしたりした。考えてみると、「子どもへの暴力」という問題は、「考える」とか「学ぶ」という緊張状態の場面や時間の中では存在しても、ちょっと気を緩めるとスッと抜けてしまうほど認識が浅く、なじんでいないと痛感する。それは、親なら当然子どもを愛し育む。あるいは大人は子どもを守るもの、という「常識」がしみついているからだと思う。

 しかし日々のニュースは、最も信頼している親をはじめ身近な大人からも、子どもがさまざまな「暴力」の危険にさらされていることを示している。何が暴力で、なぜ暴力か。しっかりと理解したいと思った。
 講師の女性は、これらの暴力が力関係の中で起こること。いずれの暴力にも共通するのが恐怖と不安であり、それは暴力を受けた子どもが自信をなくすことになっていくことなどを説明した。その後ロールプレイ(寸劇)に移った。ここで繰り返される言葉は三つ。「安心」「自信」「自由」である。
 ロールプレイでは、暴力の場面に遭遇してしまった時、子どもが自らの「安心、自信、自由」を守る方法も演じられた。「嫌だ」と拒否したり、逃げる。あるいは信頼する友人や大人に打ち明けて援助を受ける。さらに特別な叫び声(とてつもなく大きな声)を出すなど。講師の指導で私たち参加者も「特別な声」を出す練習もしてみた。

 ワークに参加して感じたことは、足元にある「権利」の大切さであった。地域、学校、家庭(大人なら職場も)などすべての場で、人は「安心し、自信を持ち、自由でいる」権利がある。そのことを子どもにもしっかり伝えておかねばならない。しかし、そのためには大人自身がさまざまな「暴力」について、そして暴力を拒否し自分自身の権利を守る方法を知っておかねばならない。そうでなければ、子どもの発信するSOSにも気がつかないことになり、子どもの権利を守ることは到底できない。だからこそ子どもだけに留まらず「大人ワーク」が必要であることも理解できた。

 CAPはNPO(非営利の民間組織)である。義務でもなく、業務でもなく活動の趣旨に賛同する市民の主体的な参加で成り立っている。だからこそ「安心 自信 自由」が生きる。従来の組織活動に欠けていたやわらかさと横感覚の軽さ、自ら選び取った課題であることからくる主体性(積極性)がある。CAPワークショップへの参加は、NPOという新しい活動のスタイルをベースにした「社会の子育て機能」が育ちつつあることを実感した日でもあった。

 

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